窯元・作家さんのこと

西野美香|緻密な手仕事で紡ぐ幻想的な世界


美しくきらめく幻想的な世界を
緻密な手仕事で紡ぐ
西野美香

ひと目見た瞬間、その緻密な美しさと上品な佇まいに誰もが心を奪われてしまいます。九谷焼作家・西野美香氏が生み出すのは、息をのむほど細やかなドットや、洗練された連続紋様が広がる美しい器たちです。

月明かりに照らされた、きらめく世界

「月の光の中で輝く世界観や、桃源郷のような“この世ならざる世界”が好き」と語る西野氏。

手がける作品は、その言葉通り、月明かりに照らされているイメージで描いているそう。淡く優しい色彩に、金や銀の模様が煌めいて、それはまるで夜の静けさを照らす月の光のよう。

いつまでも眺めていたくなる不思議な魅力に溢れる西野氏の作品。遠くから見れば、柔らかな色のグラデーションとふんわりとした光を纏う美しい存在感。そして目を近づければ、丸みを帯びた模様の一つひとつが健気につながり、愛しさが込み上げてきます。

「もともと、連続する模様を描くのがすごく好きなんです」

そう話す西野氏の手仕事からは、微小な筆のタッチや揺らぎを通じて、手描きならではのあたたかみが伝わってきます。白いドットを描く様子を見せてもらうと、細い筆の先から、さらに極小の点が器へ打たれていきます。

ミリ単位の世界観でバランスよく描く——息をするのもはばかられる細かな作業の積み重ねで、あの1つの美しい作品ができていると思うと感動です。

絶妙なバランスで散りばめられた、可憐なつらなり

この緻密な絵付けは、どのようにして生み出されるのか。その第一歩は、ろくろの上に器を据え、細かく均等な同心円の線を引くことから始まります。このラインを目安に、頭の中にある模様のパーツを描いていくのだそう。

西野美香 九谷焼 下描き 呉須描きの途中経過

極小のパーツが1つ1つ丁寧に描かれていく。目安のラインが引いてあるとはいえ、丸みのあるパーツを同じ大きさで描き続けられることに、西野氏の凄さを感じます。

「器のスペースをどう埋めていくか、全体のバランスを見ながら描き進めていきます。バランスが少しでも崩れれば、躊躇なく描き直します。バランスが全て」

線描きを終えると焼成へ。焼成すると同心円のラインは消えて線描きしたところが焼き付けられます。

線描きだけでも美しい。
これだけ細かく、しかも繊細なラインをキレイに描き切るには確かな技術と高い集中力がものをいう。次に色を乗せていき、再度焼成を繰り返し完成となります。

「大きい器は手間がかかりますが、実は小さい器の方がしんどい面もあって。描く面積が狭い分、模様がうまく収まりきらなかったりするんです。狭いな、足りないなと何度も描き直して、ちょうどいいバランスを見極めるのが一番大変ですね」

西野氏のストイックなまでに研ぎ澄まされたバランス感覚。その妥協のない手仕事こそが、見るたびに引き込まれる美しい佇まいを生み出しているのです。

ちなみに、作品を彩るあの魅力的な連続模様のルーツについて尋ねると、こんな答えが返ってきました。

「お客様からは『中東的ですね』『モスクっぽい』と言われることがあります。実際、私はあちらの紋様や建物の雰囲気が好きで本もよく見ますし、その影響は間違いなくあると思います」

緻密な世界にふっと華やぐ、愛おしさ

西野氏の作品には、たびたびチョウが可愛らしく登場します。

「白蝶はよく使っていて、生き物というより模様として取り入れています。チョウは連なる模様として違和感がなく、綺麗にデザインの一部になってくれます」

可愛いといえば、シュリンプたちも鮮やかな彩りを纏って登場します。

「 SNSで小さなエビたちの動画が流れてきて。赤だったり黄色だったり、いろんなエビがいることを知って。好きな生き物や自分が『可愛い』と思うものを作品に取り入れている感じです」

カニを描いた作品も、反響が大きかったそう。

「カニ好きは多いんだな、と思いました(笑)」

九谷焼との出会い、そしてSNSで育んだ繋がり

今でこそ多くのファンを魅了する西野氏ですが、九谷焼の世界に進むきっかけはなんだったのでしょう。

「工業高校のデザイン科に入学して、金城短期大学でもデザインを専攻しました。その頃は九谷焼の『く』の字も考えていなかったです。卒業後は、就職せず、バイトを掛け持ちする日々だったのですが、そんなときに九谷焼技術研修所の存在を知って。『九谷焼といったら、絵付けだよな』と思い、『これだー!』となって飛び込みました」

研修所では、絵付けも成形も習い、さまざまな技法を学びながら自分の作風を模索していくことに。

「研修所での3年目、研究科の時に今の作風の片鱗みたいなのが出始めたのかなと思います」

研修所を出た後は問屋で絵付けの仕事に就き、その後、独立を果たします。そして、『販路の拡大』のために始めたのが、Instagramでの発信でした。

投稿を続けることで、作品が多くの人の目にとまり、少しずつその名が知れ渡っていきました。やがてギャラリーやショップなど、各所から声が掛かるようになっていったといいます。

暮らしの中で眺めたときの、小さな喜びになれたら

インスタをきっかけにファンが増え、多くの人に作品が愛されるようになった今、西野氏はどんな時に喜びを感じるのか聞いてみました。

「窯から出した時ですかね。自分の頭の中にあったイメージと、焼き上がった作品がピタッと一致した瞬間がとても嬉しくて。可愛くて」

西野氏にとって、作品はまさに我が子のような存在。

「お客さんの手に渡るときは、もう嫁に出す気分です(笑)」

そして、作品を手にしてくれた人の喜びがそのまま西野氏の喜びになるのだそう。

「好きなものを描いてはいるんですけど、どういうものを描けば喜んでもらえるのか、欲しいなって思ってもらえるのかを常に考えています。作品を作る上で、それが全てなんです。そうやって考えて、手間暇かけて作った器が、誰かの手に渡る。そして、その人の日々の暮らしの中で存在して、その器を眺めたときに、ちょっとした喜びになってくれたら。それが自分の喜びです」

「好き」と「求められるもの」を結ぶ、試行錯誤の日々

作品を作る上で、西野氏は常に求められるものに耳を傾け、変化を受け入れてきました。初期の頃は黒色を取り入れ、より静寂な月夜を彷彿とさせる表現をされていましたが、ちょうど人気とファンが定着し始めた頃に転機が訪れます。

「ギャラリーさんから『よりエレガントなものを描いてほしい』と言われて、そこでいったん黒をやめてみたんです。黒って印象が強いですし、好みも分かれますよね。試してみたら作品全体が軽やかになり、より多くの方に作品を見ていただけるようになった。それが今の作風につながっています」

自身の「好き」を描きながらも、西野氏の表現は決して独りよがりではありません。

「今の作風がずっと求められ続けるわけではないと思っていて、常に新しいものにもチャレンジしていきたいです。コレクターさんやギャラリーさんにずっと楽しんでもらうためにも、今まで描いたことのないモチーフや新しい色など、ちょっとした変化をつけながら常に試行錯誤を続けていきたいですね」

「作ってほしい」の言葉に背中を押されて挑む、新たな表現

九谷焼は本来、形を作る「生地師」と、絵を描く「絵付け師」に分かれた分業の世界。西野氏も例外ではなく、ベースとなる器は生地師から仕入れているそう。形を見て、「さて何を描こうかな」と思いを巡らせることから西野氏の仕事はスタートするのですが——。

西野美香工房で作業している様子

「お客さんから『自分で形を作ったりしないんですか?』『西野さんが作った器に、西野さんが絵付けをした作品があったら欲しい』と言われて。成形は決して得意ではないのですが、自分で作った形に——それが立体物なのか、器なのかはまだ分からないですが、描いてみたいなと。喜んでくれる人がいるなら、そういうスタイルでやってみるのもいいのかなと思っています」

お客さんの声に寄り添い、「喜んでくれる人がいるなら」と次なる一歩を踏み出す西野氏。彼女自身の手から生み出される「まだ見ぬかたち」に、これからどんな世界が描かれていくのか。その真摯な挑戦と進化から、これからも目が離せません。

西野美香

2006年
金城大学短期大学部 美術学科デザインコース卒業
2013年
石川県立九谷焼技術研修所 本科卒業
2014年
石川県立九谷焼技術研修所 研究科卒業
パーマネント賞受賞
九谷焼卸問屋に入社 絵付けに従事
2017年
石川県能美市にて開窯
九谷焼技術者自立支援工房入室
2020年
能美市九谷焼美術館「職人工房」入室

西野美香Instagram