窯元・作家さんのこと

洗練された花詰で魅了 河田里美


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この記事を書いた人

九谷焼MAG どい

石川県の編集・出版社に15年勤務を経て、九谷焼技術研修所へ。その後、九谷焼MAGで、日々九谷焼の情報を発信しています。

まるで花束のような瑞々しい色彩
洗練された花詰で魅了

河田里美

 

九谷焼の人気の技法・花詰。さまざまな花を敷き詰めるように描き、輪郭線を金彩で仕上げる華やかな技法です。
そんな花詰技法において今、注目の絵付け師が河田里美氏です。作品の完成を待ち望む人が多数いるという人気ぶり。
花束のように美しい花詰のこと、九谷焼の絵付け師になる経緯など、いろいろとお話を伺いました。

九谷焼の主流・和絵具ではなく
洋絵具を用いる花詰技法

九谷焼の上絵で使われるのは和絵具が一般的。和絵具は焼成するとガラス質に変化し、ぽってりとした厚みが生まれ、それが九谷焼ならではの重厚感となります。一方、花詰でも使われる洋絵具は、まるで水彩画のように描けるのが特徴。洋絵具による水彩画のような淡い色彩に、輪郭線を金彩で縁取ることで、華やかに花々が浮かび上がります。

里美氏の花詰は、繊細で洗練されていて本当に美しい。香りまで漂ってくるのではと思うほどです。

ブーケを作るように
実在する花々を写実に描く

里美氏にお話を聞くと、描く花は抽象的な想像した花ではなく、実在する花を描くという。
「花はスケッチして、構造も理解して頭に入れています。図鑑を見てガクがどうなっているのか、花の見えない部分もチェック。花の全てを理解して描いています」。

九谷焼技術研修所で学んでいた頃にお世話になった
先生が、里美氏の作品を見て『花束みたい』と言ってもらえたことが強く心に残ったそう。
「先生の言葉で、よりブーケみたいな花詰を描こうと意識するようになりました。ブーケや花束は贈る人のことを考えて、花言葉だったり、色味の組み合わせを工夫したり。花詰でもそれをしようと」。

1輪ごとに、花びら1枚1枚
ただひたすらに丁寧に、正しく描く

『光と影の関係をよく見て』。これは研修所時代にデッサンの先生に言われた言葉。これが今も頭に染み付いているそう。
「自分の理解としては、対象物をよく見て、明るいところと、影のあるところを正しく捉えて矛盾がないようにしています」と里美氏。

「この真ん中の菊の花で言うと、花びらの先端は光が当たっているので薄く色をのせて明るく。奥の花びらが重なっているところは影になっているので、濃いめの色にしています」。
鳥がとまる花も、同じく菊の花。

「同じ花でも、同じではない。同じ菊でも個性がある。それを描き分けます。陰影に関しても、角度が違えば色味も異なってくるから」。
これを1輪ごとに正しく配慮して、花びら1枚1枚塗っていくのだそう。気の遠くなる作業だ。さらに、
「絵具に水の含みが多いと、水たまりのようになってしまい、仕上がった時に美しくない。絵具を調整しながら、花びら1枚1枚、等しく丁寧に塗らないと」。

実在する花の美しさや、花束のような華やかさを表現するには、1つとして手を抜くことは許されないのだろう。
そのため1つの作品を仕上げるのに、どうしても時間がかかってしまうと
里美氏は肩をすくめる。

花は洋絵具で植物の軽やかさを
鳥は和絵具で動物としての重さを表現

花詰は洋絵具ですが、鳥は和絵具で描くのだそう。
「鳥を花詰と同じように洋絵具で描き、輪郭線を金彩で描くと、なんだかギラギラして可愛さがなくなってしまうんです。鳥だけを和絵具で描くと、そこだけガラス質になる。花詰の洋絵具との質感の違いが出て、鳥が際立ちます。

花の、風が吹けばふわっと揺れるような軽やかさを描くのに洋絵具は最適です。一方、和絵具は重厚感のある仕上がりになるので、和絵具で描いた鳥には、動物ならではの重みを感じられるなと思っています」。

写実的な花詰や鳥を
描き切るのに根気はいるが
苦ではない

花詰技法の大変なところを聞いてみました。
「実は、特に大変とは思っていなくて。ただ、時間はかかります。でも描いていれば、いつかは終わりますから。描くのは嫌いじゃないので、苦痛ではないですね」。

子供の頃から絵を描くことは好きだったそう。さらに好きが高じて、絵でチャレンジすることを自分に課していたとか。
「私が学生の頃は、新聞はモノクロ。当然写真もモノクロ。白と黒の世界なのに、写っているものの素材が、金属なのか、木製なのかがわかる。それならば、自分も黒の点だけで、素材までわかるように描けるかチャレンジしていました」。
特に何
かの課題とか、コンクールに出すといったわけではなかったそう
「全くの趣味です。遊びでチャレンジしていました(笑)」。
コツコツ実直に描くことを苦痛に感じない性分であることが、この話からでも伝わってきます。

どのように構図を決めて
どのように配色するのか

話を聞いてみると、
「実際に描くときは、鳥の場所を決めて、鳥がとまる花をなんとなく決めて、ざっくり構図は完成。あとは、その時のアドリブで描いていきます」。
花屋さんが、その場で花を選んで花束を作るように、里美氏は花詰を描く。

では、色はどのようにしているのでしょう?
「色に関しては、学生の時に学んだグラフィックの知識が役立ってます。頭の中で、色をぱっぱっと変えて、実在する花なのでそれぞれに違和感のない程度に割り当てつつ、かつ全体のバランスを考えながら色を塗っていきます」。
学生時代に取得した色彩能力検定も、発色のことが学べて今、大いに役立っているそう。

完成までに時間がかかるのは
描いては焼成を繰り返すから

里美氏の作品は、丁寧な絵付けだけでなく、焼成の回数が多いことも時間がかかる要因です。
まず、グレーのような青色で骨描き(輪郭線を描くこと)をして1回目の焼成。淡い色を塗ってぼかしを入れて2回目の焼成。さらに色を塗って3回目の焼成。

盛り上げて描く白盛を施し、和絵具で鳥を描いたところで4回目の焼成。

最後に金彩で輪郭線を縁取ると最後の焼成となる。

美しい色彩を出すため、また洋絵具、和絵具、金彩を器に定着させる際の焼成の温度はそれぞれで異なるため、どうしても回数が増えてしまうのだそう。

九谷焼の世界を志すきっかけは
バイト先で出会った両親が手がけた器

里美氏の父は九谷焼のろくろ師で、母は染付の絵付け師。九谷焼は子どもの頃から近くにはあったが、興味をそそる対象ではなかったそう。しかしクリエーターを目指し、グラフィックを学ぶため名古屋の専門学校に通っていた頃、バイト先の日本料理店でご両親が手がけた器を使っていることが大きな転機に。

「お店の大将が、その器を大切にしていること。お店にくるお客さんが料理と一緒に器も楽しんでいること。それらを目の当たりにしているうちに、気が変わってしまって。それまでは、器作りは両親の仕事であり、作り手側からしか見えていなかったのが、バイトをきっかけに、使う人の器への思いに触れることができたんです。そこで九谷焼っていいかもと思えた。それでクリエーターではなく、石川に戻って、九谷焼の世界に飛び込みました」。
両親の勧めもあって、九谷焼研修所で学び始めます。

師である中村陶志人氏と出会い
薄絵(洋絵具)の存在を知る

研修所では、九谷焼では主流の和絵具の扱いから学びます。九谷焼の世界に飛び込んだものの、実は和絵具の重厚な魅力に幼少期からはまらず、そのまま大人になってしまったという里美氏。そんな中、中村陶志人氏の授業で、薄絵(洋絵具)の存在を知ります。
「洋絵具は、水彩画みたいに描けて、とても面白かった。和絵具のような重たい感じもなくて。はまりました。

和絵具ではなく、洋絵具で描いている作家は九谷焼では少数派。その時には、陶志人先生のアシスタントになりたいって思っていました」。
それから数年後、里美氏の希望は叶い中村陶志人氏のアシスタントとなり、自身の作品を手掛けつつ、今も陶志人氏の工房で腕を振るっています。

花詰や鳥の描き方
そのベースは中村陶志人氏

「花詰を描くようになったのは、陶志人先生の工房で働くようになってから。そこで花の描き方を教わったんです」。

さらに「私が陶志人先生の弟子と知ると、花詰に鳥も描いてくださいと言われて、そこから鳥も描くようになりました」。鳥の描き方も陶志人氏の影響は大きいそう。
そして、陶志人氏のバトンを受け継ぐカタチで、今は研修所で薄絵の講師も務めている里美氏。
「ものをよく見ないと表現はできないと授業では伝えています。よく見て頭にインプットして、それをアウトプット、つまり器に表現する。その繰り返し。反復練習。思い描く表現ができるまで、練習する。練習は、絶対に裏切らないですから」。

これからもずっと
花詰と鳥をメインに描き続ける

「研修所時代、生花の授業もあったんです。授業で生けた花をそのまま教室の自分の席に置いておくのですが、その時に花のある空間っていいなぁと。私の作品は生花ではないけれど、私の花詰を眺めて、飾って、楽しんでもらえたら嬉しいです」。

少し話はそれますが、作品のアクセントに入れている金襴手や和絵具の鳥も素晴らしい!
招き猫の首回りにあしらっているのが金襴手。

金襴手や和絵具をメインにした作品などを手がけたりしないのですか?の問いに
「しないですね」ときっぱり。
「ずっと花を描いているので、これからも変わらず。私の花詰の作品を買ってくれるお客さんの期待に応えたい。良いものを買ったなって思ってもらいたいので、やっぱり手は抜けない。同じ花でも違いがあるように、花詰といえども、作品ごとに違いを出していきたい。手描きだからこそのこだわり。そしてその完成度も、常に100点を目指して、これからも描いていきます」。

今後、どんな作品を描きたいですか?の問いに
「買ってくださったお客さんが、ずーっと見てくれるような。眺めていて楽しい花詰を描いていきたいです」と里美氏。
これからも、丁寧に丁寧に描かれた、美しい花詰と鳥の世界で私たちを魅了してくれることでしょう。

・・・

河田里美
名古屋デザイナー学院を経て、広告代理店に勤務
石川県立九谷焼研修所 本科卒業
中村陶志人に師事
日本伝統工芸士
石川県立九谷焼研修所薄絵講師
金沢美術工芸大学花詰講師