窯元・作家さんのこと

赤絵細描を華やかに継承 福島礼子


赤一色で表現する赤絵細描
華やかで細やかで美しい

赤絵細描(あかえさいびょう)とは、九谷焼において今、最も注目されている技法の1つで、実際にその作品も人気が高いです。今回は、そんな赤絵細描の技法を受け継ぐ絵付師・福島礼子さんの工房に伺い、礼子さんの作品とともに赤絵細描について掘り下げてみたいと思います。

 

赤絵細描の魅力

赤絵細描の魅力はなんと言っても、細い線で描かれた文様の連なり。線の細さは髪の毛ほど。数ミリの間隔に幾重にも線を描き、文様を浮かび上がらせる超絶技巧です。江戸時代からある九谷焼の伝統技法の1つ。

文様の密度や線の強弱によって、赤色のグラデーションが生まれます。淡い赤で塗ったように見えるところも、近くで目をこらすと実は細かな線の集合体であることも。

またデザインも古典的な柄からモダンなものまで、幅広く表現できるのも赤絵細描の魅力です。

古くから九谷焼でも用いられている鳳凰を、赤絵細描で描いた作品。鳳凰の羽もさまざまな線と濃淡を用い緻密に描かれています。

美しい文様の連なり、赤のベタ塗りで力強いアクセント、余白を生かした絵を加えて抜け感のあるモダンな仕上がりのカップ&ソーサー。

 

九谷五彩のうちの
赤だけの個性

「九谷五彩のうちで、赤だけが特別細い線を描けるんです」と礼子さん。九谷五彩とは、緑、黄、紫、紺青、赤の5色をさし、九谷焼を代表する色のことです。緑、黄、紫、紺青は、厚く塗ることができ、焼成するとガラス質に変化し、色ガラスのような透明感が楽しめます。しかしその性質ゆえに、その4色では細く繊細な線を描くことは難しい。一方で赤は、他の4色のような厚みはなく、ガラス質に変化することもありません。しかし、細く美しい線を描くことができるのです。

その赤の特徴を最大限に生かし、アートな魅力をもたらしたのが赤絵細描という技法なのです。

 

その技を生かすも殺すも
絵具の調子次第

赤の絵具は、ベンガラという顔料に、あきふというコラーゲンのようなものと水を混ぜて作ります。ベンガラは粒子が荒く、そのままでは滑りが悪く、細い線が描けません。

そのため、丁寧に丁寧に時間をかけて擦り、ベンガラの粒子を細かくしていき、良い状態の絵具を作り上げます。

下描きの上を、礼子さんはフリーハンドで滑らかに筆を走らせる。とはいえ何年も細描の技を磨いても、絵具の調子が今ひとつだと上手く描けないそう。

「自分にとって描きやすい絵具の状態はどんなものなのか。それがわかるようになるのに何年もかかりましたね。それに、わかったと言っても、その日の温度や湿度も影響するので、毎回ベストな絵具の状態にできるかといえば、そうではない(笑)。実はそこが赤絵細描の難しさの1つでもあります」。

 

余白を活かすのか埋めるか

絵具だけでなく、礼子さんが頭を悩ませるのがデザインだ。金彩を取り入れたり、赤以外の色をアクセントとして使うことはあるが、基本的に赤絵細描は、赤一色。赤一色という縛りの中で、どう表現するか…大いに悩むのだそう。

赤絵細描の最大の特徴でもある細かな文様をどれほど描き込むのか。

余白をどの程度、活かすのか。
その匙加減で作品の印象も大きく変わってくるので、デザインや構図を考えるのは時間がかかるそう。

 

作家の人となりが
作品に現れる!

同じ赤絵細描でも、作家さんによってその世界観はさまざま。「細かな表現だからこそ、作家さんの人となりがより作品に現れるのかもしれません」と礼子さん。「何ミリ間隔で何本線を入れるか正確にきっちり描く人。数種の文様を組み合わせて魅了する人。私は文様も描きますが、絵も重視するタイプです」。作家の個性を感じて赤絵細描を楽しむのも面白いですね。

礼子さんが手がけた杯。繊細な文様と象の絵の組み合わせが、なんだかほっこりと可愛らしい。

「絵について言われると、素直に嬉しいです」。

『礼子さんの描く「唐子(からこ)」が好きなんです』とお客様に言われたりすると、すごく励みになります」。

 

伝統技法
赤絵細描の衰退と再生

そもそも赤絵細描は、江戸時代後期に宮本屋窯で大成した技法です。(九谷焼の歴史と画風についてはこちら)

写真は、能美市九谷焼美術館「五彩館」所蔵の宮本屋窯の深鉢。緻密に書き込まれた文様に圧倒されます。

こちらも能美市九谷焼美術館「五彩館」所蔵のもので、佐野赤絵の祖と称される斎田道開の作品。佐野とは礼子さんが腕をふるう工房のある地で、佐野といえば赤絵という土地柄。

そんな伝統ある赤絵細描も、一時期廃れて赤絵細描を手がける職人がいなくなってしまった。それは九谷焼がよく売れたバブルの頃。“早く作って、たくさん売る”が主流となり、1つの器にびっしりと緻密な文様を描く赤絵細描は、手間がかかる割りに儲けにならないと職人が離れていってしまったのだそう。「赤絵細描に関していうと、バブルの恩恵は受けていないんですよね」と礼子さん。

 

佐野赤絵を今に復活させた
福島武山

福島武山氏とは、礼子さんの父であり、師匠。佐野赤絵を継承し、赤絵細描の第一人者です。

福島武山氏が手掛けた香炉。

「誰も描いていない時代でも、父はコツコツと赤絵細描の作品を作り続けたんです。赤絵細描を信じ、折れない心で向き合い、守ってくれた」と礼子さん。武山氏は、赤絵細描を復活させたにとどまらず、多くの弟子を取り、赤絵細描の後進の育成にも力を尽くしています。今や、その弟子たちもそれぞれに活躍し、福島一門としても赤絵細描は大いに注目されています。そんな福島武山氏に、赤絵細描への思いを伺いました。

福島武山氏に聞いた「赤絵細描への想い」

絵細描は『自由』なんです。人物、山水、花鳥、文様、そしてそれらの組み合わせも自在で、無限です。自由すぎる分、何をどんな風に描くか、頭を悩ませるんですがね(笑)」

「そんな赤絵細描との出会いは、50年以上前。結婚を機に、赤絵細描と縁の深い土地である佐野に転居し、絵付け職人だった義母から、赤絵細描を勧められたことがきっかけ。当時は赤絵細描の職人がいなかったので、師匠につくという選択肢はなかった。それでも佐野という土地柄のおかげで、赤絵細描の器や作品を見る機会はたくさんあったんです。それらをたくさん見て、真似てを繰り返したり、九谷庄三の器の写しをしたりしたのも勉強になりました。
やればやるほど、奥の深い赤絵細描にのめり込んでいって、今に至るという感じですかね」。

「展覧会の出品物や注文分に追われつつも、とにかく良いものを作りたい一心で描いていた。儲けようとか思ってもいなくて、赤絵細描が、ただただ好きで、ただただ夢中で描いてきたんです。
赤絵細描を手がけて半世紀。
佐野という土地だったから続けられたという思いもあります。箱書きに『佐野赤絵』と書くと、佐野の人が喜んでくれた。その時、地元の人は、途絶えた赤絵の復活を望んでいたんだと感じて。だから、佐野赤絵の伝統を受け継ぐという気持ちはあります。とはいえ、実のところ、佐野赤絵の礎を築いた伊三郎(斎田道開)さんと私の描く作風は違ってたりするんですけどね。最初に言った通り、赤絵細描は『自由』。変化していって、変化していって、で良いのだと思っています」。

「伊三郎さんと私の赤絵が違うように、私の元から巣立っていった人たちもそれぞれの表現で勝負しています。そういった点でも赤絵細描は奥深くて面白いですよね。
まぁ自分は、今も昔と変わらず、赤絵細描を手がける一人の職人として仕事をしていきたいと思ってます」。

 

今もなお、赤絵細描の絵付け師として第一線で活躍する福島武山氏。そんな武山氏の弟子であり、佐野赤絵を受け継ぐ絵付師の一人である礼子さんが、今後どのような作品を手がけ、活動していきたいか聞いてみました。

 

赤絵細描をより身近に!

「赤絵細描で九谷焼をより知ってもらいたいという想いは常にあります。地元能美市や石川県のイベントにも参加して、器とはまた違ったアプローチなんですが、赤絵細描九谷に親しみを感じてもらえたらなぁと思っています」。

能美市とのコラボで手掛けたアクセサリー。赤絵細描だからこそ、小さなアクセサリーにも緻密な文様が描け、しかも可愛い。

赤絵細描の細かく描く技術を生かしたのが、この『九谷ネイル』。石川県内のイベントで九谷ネイル体験を行ったそう。

器でもチャレンジしてみたいと思っているものがあるそう。それは日常使いできるような赤絵細描の食器。「日常使いの食器となれば、たくさんの人に赤絵細描の器をより気軽に楽しんでもらえると思うんです」と礼子さん。しかし理想の実現のためにネックなのが価格と生産量。赤絵細描の手間隙をどうクリアするかが目下の課題と礼子さんは言う。「今は、まだまだ模索中です。でも実現させたいです」と力強く答えてくれました。楽しみです!